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孤独という暗闇~僕が慢性腰痛だった頃②~

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こんにちは。奥野ゆうです。

前回に引き続き、僕が慢性腰痛に悩まされていた頃の話をさせていただきます。

病院から帰った僕が抱いていた感情

医者に「様子をみましょう。痛みが良くなるまで部活は休むように。」

そう言われて帰宅した、いや、帰宅途中から僕の中には様々な感情が湧き上がっていました。

・病院行ったって痛いのは全く変わらないじゃんか!→怒り。

・部活休めというお墨付きをもらえた。→少しほっとした。安堵。

・医者の冷たい態度→受け入れてもらえなかった。寂しさ。

・このまま痛みが変わらなかったらどうなるんだろう。というか治らないんじゃないの?→不安。

・なんで痛いのかの理由がわからない→不安

 

思春期真っ盛りの男の子だった僕(ジャニーズJr.のようなかわいい顔してました)は、親にそのような感情を吐き出すことが出来ず、友達に言うことも出来ず。

自分の中でどうにも処理できない感情が、頭の中でグルグルとしていたのを覚えています。

この時の医者が受診の日まで痛みに耐えてきた、不安いっぱいの(ジャニーズJr.のような顔をした)僕の話を少しでも聞いてくれていたら違っていたのかなぁ。と思います。突き放された感がすごかったですから。

とにもかくにも医者からのお墨付きをもらって僕は、部活を休むことになりました。

休部することに対する嬉しさは全くなく、キツイ練習をしなくて良いんだ。という喜びもなく、ただ寂しかったです。

今まで生きてきた中で、一番孤独です。

バルセロナオリンピックの平泳ぎで金メダルを獲得した当時14歳の岩崎恭子さんは、

「今まで生きてきた中で、一番幸せです。」とインタビューで話していました。

岩崎恭子さんはhappinessな一番ですが、こちらはunhappinessなナンバーワンです。

休部する時は、休部している間の生活がどうなるかなんて全く考えていませんでした。

 

一言で表すと、

 

ひま、そして孤独

 

あ、二言になってしまいました。

 

腰痛に悩まされる前は毎朝早く学校に行って授業の前にバスケをし、授業中に適度に睡眠をとり、3限の授業の前にはお弁当を食べ終わり、昼休みには学食で昼食を食べ、授業中に適度に睡眠をとり、放課後は部室に直行、部活動の後にはみんなでコンビニで買い食いをし、鉛のように重くなった足で駅の階段を登り、お腹と背中がくっついた状態で夕飯を食べ、泥のように眠る。そんな生活をしていました。

いやぁ~、青春ですね。お父さんお母さんありがとう。

それが休部になった途端に生活が一変します。

授業の始まる少し前に学校に行き、昼休みにお弁当を食べ、授業中に適度に睡眠をとり、放課後は痛む腰をかばいながら自宅に直行、ゲームで時間をやり過ごし、夕飯を食べて眠る。

つまらない。

もちろんこういう生活が楽しく充実感を覚える人もいると思います。人それぞれですから。

でも、身体を動かすことが大好きだった僕にとってはストレスフルな日々だったのは間違いありません。

真面目な僕は、部活を休む=身体を動かしてはいけない。と思い込んで安静を貫いていましたし。

そして、身体を動かせない以上に苦痛だったのは、孤独です。

部活動に一生懸命だった僕には、話をするクラスメイトはいても部活動の仲間以外に仲の良い友人はいませんでした。

ジャニーズJr.のようなかわいい顔をしていたけれど、彼女もいません。

 

圧倒的孤独感!

 

家に帰れば家族がいるだろ。と思われるかもしれませんが、その時の僕は家族がいるありがたさもわからずに、ふさぎこんで自分の内へ内へ向かっていき、家族ともあまり話しませんでした。家族には甘えが出ちゃうんですよね。

そんなひまな時間を持て余していた僕が、寝るまでの時間をやり過ごすためにしていたのが、テレビゲームでした。

たしかスーパーファミコンのソフトで、「三國志II」という名作(?)をやりまくっていました。

1人の武将を操り、部下に指示を出して他国を占領していき中国全土を統一したらクリア。というゲーム。一度クリアしても操る武将を替えれば延々とプレイし続けられます。

毎日何時間も座り続けてゲームをしていたのですが、不思議とゲームをしている間は腰痛を感じませんでした。

意識が腰には向かわず、果てしなく広がる架空の世界に向いていたからでしょうか。

 

今になって振り返って思うと、この時はまだインターネットがあまり普及していなかったことが当時の僕にとっては良かったのかもしれません。

不安なことがあると、不安を解消したいと思って絶対に色々と調べます。しかも、調べるための時間は豊富にあります。まだ高校生だった僕が色々と検索していたら、情報の波に翻弄されていたに違いありません。

 

暗い顔で学校から帰宅し、ゲームをやり続ける息子が親も心配になったのでしょう。

親が以前行ったことのある指圧治療院に行くことを勧めてくれました。

腰の痛みを抱えた冴えない日々から抜け出したいと思っていた僕は、素直にその勧めに従い指圧を受けることにしたのです。

そして、その治療院の先生との出会いが大きな転機となりました。

③へと続きます。

 

 

 

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