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まとわり続ける腰痛としびれ。そして変化のとき〜僕が慢性腰痛だった頃〜④

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みなさん、こんにちは。奥野ゆうです。

今回は無意識に「腰が悪い自分」でいると決めた僕がどんな状態でいたのか。

そして、その状態から抜け出したきっかけについて書いていきたいと思います。

初めての方、過去記事はこちらです。

      

激痛ではないけれど、さまざまな場面で顔を出す腰痛としびれ。確保した居場所と違和感。

部活に復帰した僕は、ある程度動けるけど無理をすると腰痛が出てしまう。

というキャラを確立しました。

(冷静に考えればしばらく安静にしていた人間がいきなりみんなと同じメニューをこなすわけですから、明らかにオーバーワークでした。)

具体的な例を挙げると、長距離を走るトレーニング中、それまで上位を快調に走っている時に抜かされます。しばらく追いつこうと頑張るのですが、あ、これは追いつけないな。と思うと腰が痛くなるのです。それはもう、絶妙なタイミングです。

いつ腰痛で練習をリタイヤするかわからない。そんな人間に漕手(オールを持って漕ぐ人)を任せるわけにはいかない。そこで、細身で体重の軽かったジャニーズJr.のようなかわいい顔をした僕は、他にそのポジションをする部員がいなかった事情もあり、coxになることにしました。(coxとは、舵をきったり漕手に指示を出したりコーチングもする艇の司令塔のようなポジションで漕ぐことはありません。)

みんながやりたがらないポジションであり、本当は漕ぎたいだろうに、腰痛もあるし部全体のことを考えてcoxをやってくれてありがたい。という空気が部内にありました。

僕も表面上は「ホントは漕手でいたいんだけどね。仕方ないよね。てへへ。」という雰囲気を出していましたが、本音の部分では負けるであろうレギュラー争いをしないで済むこと、coxというポジションで部内に居場所を確保できたことに違和感と後ろめたさを感じながらも安堵していました。

もう孤独は嫌ですから。

陸上のトレーニングには変わらず参加していたのですが、部活中に腰が痛くなること、授業中に足がしびれることは続いており、我慢できないくらいになってきたら指圧治療院で施術を受ける。というパターンを現役中は続けていました。

 

慢性腰痛を抱えたままの学生生活が続き、夏前に部活を引退します。

ちなみに部活生活自体は良い仲間に恵まれてめちゃくちゃ楽しかったです。

引退後も身体を動かすことが好きな僕は、自発的に自宅周辺を走ったり、筋トレしたりしていました。

この時は腰痛はあまりなかったですね、今思えば。なんでこの時に気づかなかったんだろ。

当時は映画を観に行き、長時間座っていても脚がしびれた記憶がありません。

「セブン」という映画の結末が暗過ぎて友達と無言で映画館から池袋駅まで帰ったのは良い思い出です。(笑)

 

大学はエスカレーター式の高校に通っていたので

そのまま進学。高校時代のボート部の先輩の猛烈な勧誘を受けて大学でもボート部に入部しました。同級生も何人か一緒に入部です。

そう、高校から大学に進学しても僕を取りまく人間関係にあまり変化がなかったのです。

 

変わらぬ環境と腰が悪いというキャラ。そしてくだした大きな決断。

真面目で周囲に合わせる術に長けていた僕は、部活引退から大学入学まであまり腰痛を感じていなかったにも関わらず、高校時代と変わらぬ腰痛持ちのキャラで行くことになりました。

これね、無意識なんです。周りも悪気は全くないんです。むしろ心配してくれているんです。自分も居心地の良さを感じているんです。

 

高校時代から愛用している腰痛ベルトももちろん変わらずです。

うっかりお尻で踏んで「キャッ」と言ってしまってもビクともしません。

さすが、ジャパンクオリティ。

好きだな、腰痛ベルト。

腰痛ベルト、大好き。

ちょっとふざけてしまいました。

 

この頃は、少し長い時間歩くと腰に痛み、授業中は脚のしびれが出るようになっていました。

そうそう、小池徹平のような顔に成長した僕に彼女が出来ましたが、一緒に観に行った映画中も脚がしびれてちょこちょこお尻の位置を変えていました。オシッコ我慢してると思われていたかもしれません。違うよ。誤解なんだよ。

 

生活にすごく支障をきたす程でもないけれど、スッキリしない。そんな痛みとしびれを抱えたまま約2年弱の月日が流れ、(約2年弱と書きましたが、ホントにハッキリと覚えてないんですよね。ツラい記憶は忘れるように出来ているのか、過ぎてしまった今では大したことのない過去になっているのか。) 

僕に一大転機が訪れました。

 

部活を辞めることにしたのです。

理由は大学卒業後に通う専門学校の学費を稼ぐため。

常に腰痛のことが頭にあった僕は、この腰痛を何とかしたいと考えていました。

そして、僕に安心感を与えてくれた指圧治療院の茶髪の先生のようになりたいと思うようになっていました。

 

あん摩マッサージ指圧師の国家資格を取得する為の専門学校は、3年間で約350万くらいかかりました。さすがに親に出してもらうわけにはいかないので自分で稼ぐことにしたのです。

そうなると部活をしていてはバイトする時間を確保することが出来ません。

部活を辞める。

この決断は震えるほど勇気がいることでした。

 

しかし、この決断をきっかけに僕の周囲の環境が変わり、考え方も行動も、そして慢性腰痛も変化していくことになったのです。

⑤に続きます!

 

 

 

 

 

 

 

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