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たいけんゼミって何をするの?参加者目線でお伝えします。聞き手編。

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みなさん、こんばんは。奥野ゆうです。

みなさんは、「たいけんゼミ」をご存知でしょうか?

名前は聞いたことある!という方、ありがとうございます。

参加したことある!という方、誠にありがとうございます。

そう、「腰痛学校 読書会」と同じ日に毎月開催されているアレです。例のアレです。

正直言って、読書会に比べて認知度がまだまだです。

そこで今回は謎に包まれた?!「たいけんゼミ」について個人的な体験も踏まえながら書いていきたいと思います。

たいけんゼミって何?なにが学べるの?

たいけんラボのHPでは、たいけんゼミについて下記のようにご案内しています。

「たいけんゼミ」とは、「対話」を深める場です。

「対話」が成り立つ前提として、自分と他者は違う「物語」を生きているという認知の仕組みを理解した上で、他者の「物語」を自分の主観でジャッジせずに「聴ける」ことが必要です。

また、自分が「話し手」になった際には「自分を開示する」練習にもなります。「自分の本音」を他者に話すことで、「自分との対話」「自分のカラダとの対話」をするコツもつかめます。

カラダの不調に対する心理社会的因子は、「自分との対話」や「他者の対話」を深めることで、改善することができます。

2人組、3人組、4人組、グループになっての実技中心の2時間です。

 

ここで、対話ってなんだろう?会話とどう違うの?と思った方もいるかもしれません。

僕のイメージは、

会話=日常的に行われているもの。特に信頼関係がなくても成り立つ。表面的。

対話=本音。深い。信頼関係が必要。誠実。間。空気感。勝ち負けなし。気づき。

どうでしょうか?余計わけわからん。というそこのあなた。正直ですね。僕の力不足です。すみません。自分のイメージを言語化することって難しい。僕もまだまだ練習が必要です。まだまだってことは伸びしろしかないということですので、とても楽しみです。少し話がそれてきたので、元に戻します。

「対話」は「会話」と違い、日常的に行っているものではありません。そこで「対話」出来るようになるには、練習が必要なのです。その練習の場が「たいけんゼミ」です。

では、具体的にどのようことを行っているのかをお話ししていきたいと思います。

ハッキリ言って難しい。でも練習していくと必ず身につく。

「対話」が成り立つ前提として、自分と他者は違う「物語」を生きているという認知の仕組みを理解した上で、他者の「物語」を自分の主観でジャッジせずに「聴ける」ことが必要です。

自分には自分独自のモノの見かた(認知)があり、その世界で紡いできた物語がある。

他者には他者独自のモノの見かた(認知)があり、その世界で紡いできた物語がある。

前回の記事でも同じようなことを書きましたが、繰り返し書きたくなるくらい大切で同時に難しいことなのです。頭では理解していても、自分が正しい。と誰もが思っています。自分の正しさを証明するために主張したくなります。そこで練習です。

ある日を例に具体的にどのようなことをしているのかをお伝えしていきます。

「たいけんゼミ」では、「話し役」「聞き役」「観察役」に分かれて練習を行います。

それぞれの役割が練習になるのですが、今回は「聞き役」について書いていきたいと思います。

最初に一人に話し手として、全員の前で話をしてもらいます。他の参加者は順番に話し手と向き合う形で座り、聞き役になります。この時に、話し手は全員に向かって話すのではなく順番に替わっていく聞き役に向かって話します。他の参加者は観察役となります。その後に、2人組か3人組で同じことを行います。

初めて聞く練習を行なった時に感じたのは、ただ聞いていることの難しさです。

頭の中では、自分はそうは思わないなぁ〜。や、こうした方がいいんじゃないかな。など、自分の正しさを基準に色々な考えが浮かんできます。

それと同時につい口を挟みたくなったり、アドバイスをしたくなります。その出てきそうになる言葉をグッとこらえていました。

僕の場合は、特に身体に関する話が特にダメでした。職業柄アドバイス癖がついているようで、つい口を出しそうになっていました。

もう一つ感じたのが、「間」の違いです。

会話だと一般的には沈黙の時間はない方が上手く話せているような気がします。沈黙は良くない、沈黙怖い。埋めるように話をつなぐ。なんてことがあるかと思います。

でも、対話ではこの沈黙している時間が大切なんだと知りました。思考を咀嚼する時間、内省の時間なのです。しばしの沈黙の後に湧き上がってくる言葉。シビれます。

何回か参加していると、僕もだんだんジャッジしないで話を聴くことが出来てきました。きっかけは、あ、今ジャッジしているな。と自分の正しさを基準に聞いている自分に気づけるようになったことでした。これぞ練習の成果!

また、沈黙が怖くなくなりました。これは前述したように沈黙が内省の時間であると知ったことが大きかったです。

そして、聴くことのベースにある「相手を信頼すること」の大切さが練習の中で体感出来るようになったことが本当に大きいです。この事で一つ記事を書きたい気分になったので、今度書きます!

今回は「聞き役」についてお話ししましたので、次回は「話し役」について書いていきたいと思います。

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